当社が運営するコワーキングスペース Kit-Base は、東武桐生線・新桐生駅の近くにあります。

桐生の中心市街地といえば、本町通りをはじめとする JR 桐生駅側です。実際、「なぜ桐生駅側につくらなかったの?」と聞かれることがよくあります。

桐生駅と新桐生駅の位置関係の地図。山に囲まれた市街地を渡良瀬川が流れ、北側にJR桐生駅(両毛線で前橋・伊勢崎方面、足利・小山方面へ)、南側に東武新桐生駅とKit-Base。東武桐生線は北の赤城方面と南の太田方面を結び、特急りょうもうで北千住・浅草へつながる(地図データ © OpenStreetMap contributors)

結論から言えば、東京と桐生の間で、人・仕事・所得が行き来する接点をつくりたかったからです。

新桐生駅は、桐生から東京へ出るための入口であると同時に、東京から桐生へ人が来る入口でもあります。そして、リモートワークができる人なら、東京の会社に勤めながら桐生で働くこともできる。

地域経済循環の言葉で言えば、地域の外からお金を持ってくる「外貨」の入口になります。

なお、本記事は以下記事の続きとして書いています。地域経済循環や「外貨」「漏れバケツ」の考え方を先に知りたい方は、こちらからどうぞ。

理論編 「経済効果100億円」はどこへ消えたのか?──まちづくりと地域経済循環 taplicobase.jp

桐生はもともと「外貨で栄えた町」だった

まず、桐生の歴史を経済の視点で振り返ってみます。

絹織物で栄えた「西の西陣、東の桐生」

桐生の織物の歴史は古く、平安時代初期の『続日本紀』には、この地方から朝廷に絹が納められた記録が残っています。江戸後期には「西の西陣、東の桐生」と並び称されるまでになり、昭和初期まで織物は日本の基幹産業のひとつであり続けました。

桐生の織物業は、典型的な外貨獲得産業でした。

桐生でつくった絹織物を、東京(江戸)へ、そして世界へ売る。地域の外から得たお金が桐生に入り、そのお金が町の中でも使われる。織物によって生まれた富を背景に、商業や文化も発展し、桐生はかつて群馬県で最も人口の多いまちになりました。

織物は外貨獲得エンジンだった。桐生から東京(江戸)や世界へ絹織物を売り、お金(外貨)が桐生に還る構図

織物業の縮小と人口減少

そして戦後、和装離れや繊維不況などを背景に織物業が縮小し、町の人口も減少していきます。桐生市の人口は 2024 年 5 月、およそ 70 年ぶりに 10 万人を割りました。

では、いまの桐生では、お金はどこから入り、どこで生み出されているのでしょうか。

数字で見る、いまの桐生の財布

国が公開している RESAS(地域経済循環マップ)の 2022 年データから、桐生のお金の流れを見てみます。

お金の流れで町を見る考え方そのものは、以下の理論編にまとめています。

理論編 「経済効果100億円」はどこへ消えたのか?──まちづくりと地域経済循環 taplicobase.jp

桐生市の所得の約24%は市外から入っている

桐生に住む人と会社の所得を合計すると、年 4,247 億円です。一方、市内の生産——桐生の会社や事業者が生み出した付加価値——は 3,223 億円です。

桐生の所得の中身(2022年)。住民と会社の所得の合計4,247億円のうち、市内の生産で稼いだ分が3,223億円(約76%)、市外から入ってくるお金(通勤の給料・年金・交付金など)が1,024億円(約24%)

その差は約 1,024 億円。桐生で受け取られている所得の約 24% にあたるお金が、差し引きで地域の外から入ってきています。中身は、市外で働いて得る給与や、年金・交付金などです。

これは、「桐生が豊かではない」とか、「外から所得が入るのは悪い」という話ではありません。市外で働いて収入を得ることも、年金を受け取ることも、ごく普通の経済活動です。

買い物(民間消費)は6.9%の流出

買い物について見ると、民間消費は差し引き 6.9% の流出です。

ただし、これだけを見て「桐生はお金が外へ漏れていない」と判断することはできません。民間消費は、前の記事で説明した「穴」の一つにすぎず、企業の投資や仕入れ、その他の支出にも域外との出入りがあります。

地域経済循環率は75.9%、生産と所得の差

今回、私がより気になったのは、「どれだけ漏れているか」よりも、生産と所得の差でした。

所得のうち市内の産業で賄えている割合の近隣比較(2022年)。太田121.8%、高崎102.4%、前橋94.0%、桐生75.9%、みどり65.8%。100%が所得を自前の生産で賄える水準

所得のうち市内の生産で賄えている割合——これが地域経済循環率です——を近隣と比べると、桐生は 75.9% です。この数字の高低が、そのまま良し悪しを意味するわけではありません。

近隣だけでなく、群馬県内の 12 市まで広げて比べた記事も書いたので、ぜひご覧ください!

比較編 群馬の12市を地域経済の観点で4つに分類してみた【2022年 RESASデータ】 taplicobase.jp

この 75.9% の中身──生産の規模、労働生産性、市外から入る所得の内訳、12 年間の推移は、別の記事で分解する予定です。

指標そのものの定義と読み方は、定義編にまとめています。

定義編 地域経済循環率とは?計算式と見方——低いのは悪いことなのか taplicobase.jp

付加価値を生む仕事と、外とつながる経路を増やす

ただ、少なくとも現在の桐生は、地域内で生み出した付加価値だけで所得全体を賄う構造にはなっておらず、その差を域外から入る所得が補っています。

しかも桐生の人口は、この先も減っていく見通しです。だからといって、域外から入る所得がすぐに減ると言い切ることはできませんが、今と同じ規模の所得が将来も外から入り続けることを前提にはできないとも思います。

であれば、地域内で新しく付加価値を生み出す仕事を増やす。同時に、地域の外から仕事や所得、人を呼び込む経路も増やす。

私は、そういう状態になれば、桐生の地域経済は今より少し強くなるのではないかと考えました。

外との接点を増やす働き方

では、それは具体的にどんな働き方でしょうか。

地域の外から稼ぐ方法はいくらでもあります。桐生にはすでに、地域外や海外へ製品を売る優れたものづくり企業があります。観光で人に来てもらうことも、農産物を外へ売ることも外貨獲得です。

その中で私が注目しているのが、場所に縛られにくい仕事です。この仕事が桐生に増えると、東京と桐生の間に次の 3 つの動きが生まれます。それぞれ、前の章の「地域内で付加価値を生む」「外から所得や人を呼び込む」につながる動きです。

  • 桐生から仕事を外へ売る
  • 外の会社の仕事を、桐生に暮らしながらする
  • 外の人に、桐生まで来てもらう

桐生から仕事を外へ売る

一つ目は、桐生から仕事を外へ売ること。たとえば、桐生の事業者が都心の企業から IT・デザイン・企画などの仕事を受注し、桐生でつくって納める。地域経済の数字で言えば、桐生の中で新しい付加価値を生み出すことになります。

売るものが絹からサービスに変わるだけ。桐生からIT・デザイン・企画などのサービスを都心の企業・顧客に納め、報酬(外貨)が桐生の売上になる構図

かつては絹織物という「モノ」を外へ売っていました。いまは、サービスそのものをオンラインで外へ売ることができます。売るものが変わっただけで、地域の外に価値を提供し、その対価を地域へ持ち帰るという構造は同じです。

外の会社の仕事を、桐生に暮らしながらする

二つ目は、外の会社の仕事を、桐生に暮らしながらすること。都心の会社に勤めたまま、桐生で暮らして働く方法です。実際、私の知り合いにも、この働き方をしている人はすでに結構います。

この場合、東京の会社から受け取った給与は、桐生に暮らす人の所得として地域に入ってきます。前の記事の漏れバケツで言えば、これも①「外からお金を持ってくる」一つの方法です。

さらに、その人が桐生で家を借り、飲食店を利用し、買い物をして、地元のサービスを利用すれば、入ってきた所得は町の中でも使われます。

Kit-Base の畳の部屋。座卓にモニターを置いて、暮らしの延長のように仕事ができる

外の人に、桐生まで来てもらう

三つ目は、外の人に、桐生まで来てもらうこと。仕事の打ち合わせで来る。桐生の事業者に会いに来る。数日滞在しながら仕事をする。そこで宿泊や食事、買い物をすれば、今度は東京から来た人の消費が桐生に入ります。

形はそれぞれ違いますが、こうした動きが重なることで、東京と桐生の間を、人・仕事・所得が行き来するようになります。

リモートワークで広がる、地方で都心の仕事をする働き方

このうち、一つ目と二つ目を現実的にしているものの一つが、リモートワークです。

国土交通省のテレワーク人口実態調査(令和 7 年度)でも、雇用型テレワーカーは全国で 25.2% と、働く場所を柔軟に選べる人は一定数存在しています。

完全なリモートワークというよりも、普段は離れて働いて必要なときには直接会う——そんな働き方が増えてきています。

私自身が、その実例です。

東京の仕事を続けたまま桐生に戻り、現在は桐生に株式会社をつくって、都心の顧客から仕事を受けています。

普段の開発や作業は桐生で行う。打ち合わせが必要になったら東京へ行く。

2 つの駅は、違う方向を向いている

では、その働き方をする人たちが集まる場所をつくるなら、桐生のどこがいいのか。

そこで、新桐生駅と桐生駅を改めて見てみます。

桐生の2つの駅の模式図。JR桐生駅の両毛線は域内・近隣圏とつながり、東武新桐生駅の特急りょうもうは久喜・北千住を経て浅草まで一本で首都圏とつながる。都心の仕事・所得=外貨が桐生へ

JR桐生駅:両毛線と中心市街地

JR 桐生駅を通る両毛線は、前橋・伊勢崎方面、足利・小山方面を結んでいます。

桐生駅側には本町通りをはじめとした中心市街地があり、地域の人が日常的に行き交う場所です。中心市街地が担う役割は大きく、コワーキングスペースをつくる場所としても十分魅力的だと思います。

ただ、今回つくりたかったのは、東京との行き来そのものを一つの特徴にした仕事場でした。

新桐生駅:特急りょうもうで浅草・北千住へ直通

一方、新桐生駅には東武の特急りょうもうが停まります。

  • 浅草・北千住まで乗り換えなし
  • 新宿・渋谷方面へも1回乗り換えでアクセスできる
  • 桐生から東京へ行くだけでなく、東京側からも同じルートで桐生へ来られる

私が特に大事だと思っているのは、最後の点です。

新桐生は、「桐生の人が東京へ出る駅」だけではありません。

東京側から、人や仕事を迎える駅でもあります。

桐生の事業者が、東京の顧客との打ち合わせに出ていく。東京の企業が、桐生の事業者に会いに来る。

都内の会社に勤めたまま桐生に住む人が、リモートワークをしながら必要な日にだけ出社する。

そうした働き方の接点になる場所をつくるなら、私は新桐生がおもしろいと思いました。

「行こうと思えば、いつでも都心に出られる」

新桐生から浅草まで、特急でおよそ 2 時間。毎日通勤するには少し大変な距離です。それでも、自然の近くで暮らしながら、「明日、東京で会いましょう」と言われても普通に行ける場所となると、選択肢は多くありません。以前、桐生へ U ターンして 1 年経ったときに別のメディアへ寄稿した記事でも、この距離感を桐生の一番の魅力として書きました。

羽田空港へも北千住から空港バスに乗り継いで行けるなど、国内外へ移動する仕事とも意外なほど相性がいい。「近い」ではなく、「行こうと思えば、いつでも行ける」。それが桐生の距離感です。

もちろん、「すでに新桐生に大きなコワーキング需要がある」という話ではありません。駅のまわりは、いまはまだ静かです。だからこそ、ここに、そういう使い方をする人を少しずつ増やしていきたい。

想像してみてください。桐生の古民家の引き戸を開けると、畳の部屋で、東京や海外の相手と仕事をしている人がいる。隣には、東京から打ち合わせに来た人がいて、別の席には、都内の会社に勤めながら今日は桐生でリモートワークをしている人がいる。

そして必要になれば、新桐生駅から特急に乗って東京へ向かう。私が新桐生につくりたいのは、そんな風景です。

Kit-Base のワークスペース。障子のある古民家の部屋にデスクとモニターが並ぶ

新桐生駅のまわりでは、長く使われていなかった大型ビルをアミューズメント施設として再生する計画も動き出しています。この駅のまわりが、これからどんな場所になっていくのか——その最初の風景のひとつに、Kit-Base がいたいと考えています。

外から入ったお金が、町の中でも回り出す

こうした働き方が増えると、外からお金が入って終わりではありません。たとえば桐生の事業者が東京企業の仕事を受注すれば、その付加価値は桐生の生産になります。都心の会社に勤めたまま暮らす人の給与や、東京から来た人の消費も、桐生の店やサービスで使われれば、地域の事業者の売上になります。

外から入ったお金が町の中でも回る図。東京(都心)から仕事の報酬・給与・来訪の消費が桐生に入り(①)、人の所得が店・サービスや市内の事業者の間で回る(②)。域内で頼める仕事が増えるほど、外への漏れ(③)は小さくできる

さらに、IT・デザイン・企画などの事業者が桐生に増えれば、これまで東京の会社へ頼むしかなかった仕事を、近くの事業者へ頼めるようになるかもしれません。そうなれば、外へ流れていたお金の一部が町の中で回り出します。

前の記事の漏れバケツで言えば、

① 外から稼ぐ人を増やす。 ② 入ってきたお金が町の中でも回るようにする。 ③ 地域内で頼める仕事を増やし、外への漏れを少しずつ減らす。

Kit-Base 一軒で、桐生の経済が変わるとは思っていません。ただ、こういう人や会社が一つ、二つ、十と重なっていけば、お金の流れは少しずつ変わっていくはずです。

おわりに

桐生はかつて、織物を外へ売ることで栄えた町でした。いまも、ものづくり企業は地域の外へ製品を売り、大きな外貨を稼いでいます。そこに加えて、これからはサービスを外へ売る人がいてもいい。東京の会社に勤めながら桐生で暮らす人がいてもいい。東京から仕事をしに来る人がいてもいい。

私は、東京と桐生の間を、人・仕事・所得がもっと行き来する状態をつくりたいと考えています。桐生には、自然も、歴史ある町並みも、比較的ゆとりのある暮らしも、そして 「行こうと思えば、いつでも都心に出られる」 距離感もあります。その距離感を一番活かせる入口が、私にとっては新桐生でした。だから、桐生駅前ではなく、新桐生駅の近くに Kit-Base をつくりました。

都心の仕事を桐生でやってみたい方も、桐生の面白い人たちと繋がりたい企業の方も、ぜひ一度 Kit-Base をのぞいてみてください。


参考データ