群馬県桐生市で法人を設立する際に、「まちづくり」に関するいろいろな書籍を読みました。その中で、個人的にとても面白いと思ったのが 地域経済循環 という考え方です。
地域のイベントや誘致の話題で、「経済効果100億円」のような数字をよく見かけます。大きな数字が日本全国の様々な地域から毎年発表されていますが、その地域は、その分豊かになっているのだろうか? と、たまに疑問に思うことがありました。
「地域経済循環」を知ってから、この疑問を「お金の流れ」として考えられるようになりました。
この記事では、地域経済循環の基本を図解で解説します。そして、当社がなぜ桐生駅前ではなく新桐生駅の近くでコワーキングスペースをつくったのか——この考え方を土台にした実践の話は、以下の記事にまとめています。ぜひ、あわせてご覧ください。
本編 なぜ桐生駅ではなく、新桐生駅近くにコワーキングスペースをつくったのか taplicobase.jp地域経済は「穴の空いたバケツ」である──漏れバケツ理論
地域経済循環の世界には、漏れバケツという有名なたとえがあります。
地域をひとつのバケツ、お金を水だと考えてください。バケツの水位が、地域の豊かさです。ここで言う「地域」は、市町村くらいの単位をイメージしてください。以降、地域の内側を域内、外側を域外と書きます。桐生市で考えるなら、市内が域内で、市外が域外です。
地域の豊かさを決める3つの力
水位を決める力は 3 つしかありません。
- 外から稼ぐ──蛇口から水を注ぐ。域外にモノやサービスを売る、観光客に来てもらう、など
- 中で回す──入った水をバケツの中で循環させる。域内での消費や調達
- 漏らさない──穴を塞ぐ。域外への支払いを減らす
まちづくりの施策は、ほぼすべてこの 3 つのどれかに分類できます。そして施策の良し悪しは、「この 3 つのどこに、どれだけ効くのか」で判断できます。順に見ていきます。
① 外から稼ぐ──蛇口を開ける
バケツに水がなければ、回すも漏らすもありません。だからすべての出発点は、地域の外からお金を持ってくることです。
ここで持ってくるお金を、ざっくり「外貨」と呼んでいます。ドルやユーロだけの話ではなく、その地域の外で生まれたお金のことを指しています。域外に製品を売る工場の売上も、観光客が落とすお金も、そして——現代ならではですが——都心の会社から給与をもらいながら地域で暮らすリモートワーカーの所得も、立派な外貨です。
歴史的に栄えた地方都市には、必ず強い外貨獲得産業がありました。
② 中で回す──同じお金に何度も働いてもらう
外から入った 1 万円は、使われ方によって地域への貢献度がまったく違います。
観光客が地元資本の食堂で 1 万円使ったとします。食堂がその一部で地元の農家から野菜を仕入れ、農家が地元の工務店に修繕を頼めば、同じ 1 万円が地域の中で 3 回働いたことになります。経済学で乗数効果と呼ばれるものの、地域版です。経済効果の試算に出てくる「波及効果」の実体は、この回転です。
地元の店と全国チェーンで違う、地域に残るお金
一方、同じ 1 万円が全国チェーンの店で使われると、売上の多くは、仕入れや本部の経費、利益として本部のある都市へ出ていきやすくなります。米国の調査会社 Civic Economics が米国のいくつかの都市で行った調査では、全国チェーンの小売店が地域に還流させるのは売上の 13.6% にとどまるのに対し、地元の独立系小売店では平均 52% という結果が出ています(飲食店では 30.4% 対 78.6%)。米国の調査ではありますが、同じ「地元での消費」でも、お金の働き方が数倍違うことを示しています。
③ 漏らさない──穴の位置を知る
最後が、バケツの穴です。日々の買い物が域外の大型店に向かう、事業者の仕入れや外注が域外の会社に向かう——こうした支払いの一つひとつが穴になります。
桐生市と前橋市の買い物の流出入(RESAS・2022年)
実際の数字を見てみましょう。前提として、買い物のお金は町の間を両方向に動いています。桐生市民が市外の店で使うお金もあれば、市外の人が桐生の店で使うお金もある。RESAS はこの出入りを「桐生市民が使った買い物の総額」に対する割合で公開していて、桐生市は差し引きで 6.9% 分が市外へ抜けています(2022 年)。一方、隣の前橋市は差し引きで 11.1% 分が市外から持ち込まれています。県内有数の商業施設がそろっていて、周辺の町から買い物客が集まってくるからです。
桐生から漏れた分の一部は、おそらく前橋の蛇口に注がれている(RESAS では流出先までは分かりません)——穴の大きさは自分の町だけでは決まらず、隣にどんな町があるかでも変わります。
「経済効果100億円」が幻になる理由
さて、冒頭の疑問に戻ります。経済効果の大きな数字が発表された地域は、その分豊かになっているのだろうか?
答えは「必ずしもそうはならない」です。「経済効果」は総額の話であって、「地域に残るお金」の話ではないからです。
経済効果の中身を3つに仕分ける
「経済効果」の中身を、バケツで仕分けしてみましょう。経済効果は、イベントや企業誘致、インフラ整備など色々な対象について試算されますが、ここでは一番身近な地域イベントの経済効果を例に考えます。イベントの経済効果とは、イベントに関わって動いたお金の総額(来場者の消費+主催者の支出+波及効果)です。そこには、こんなものが混ざっています。
- 外から来た人が使ったお金──蛇口から入った新しい水です(①)
- 地元の人が使ったお金──ただし、イベントがなければ別の地元の店で使われていたかもしれない、いわばバケツの中の水の移動も含むことに注意が必要です。
- 波及効果──「入ったお金が域内で回れば、さらに仕事と所得を生む」という上乗せ分。つまり②の回転が理想的に働く前提の数字です
そして、この足し算が示すのは動いたお金の総額であって、「③どれだけ漏れるか」を差し引いた、地域に残るお金ではありません。
試算の中では、域外から買った分を差し引く計算もされます。ただ、見出しに出るのは入り口の総額で、漏れたあとに残る額ではありません。だから、大きな数字がそのまま町の豊かさになるとは限らないのです。
大型イベントの「経済効果100億円」を分解する
たとえば、「経済効果100億円」と華々しく報じられる大型イベントを、バケツの視点で分解してみます。
企画と広告を都市部の代理店に発注していれば、その分はイベント開催前から域外へ。ステージの設営や資材、印刷、警備を域外の業者に頼めば、その分も域外へ。出店の食材や商品を域外から仕入れていれば、売上の原価分も域外へ。華やかな総額の内側で、お金は最初から域外に向かって流れる設計になっていることが珍しくないのです。
地方創生の予算でも起きる、同じ構造
イベントだけではありません。地方創生の予算が、計画づくりを請け負う都市部のコンサルティング会社に流れて地域に残らない——という構図は、経済誌などで繰り返し報じられてきました。地域にお金を届けるための予算が、バケツに触れる前に都市へ還流してしまう。皮肉ですが、これも同じ構造です。
誤解してほしくないのは、これは誰かの悪意ではなく、構造の問題だということです。域内に頼める相手がいない、実績のある域外業者のほうが安心——個々の判断は合理的でも、積み重なるとバケツは軽くなる。逆に言えば、発注先と仕入れ先を域内に一つ変えるだけで、循環は確実に変わります。「効果100億円」という見出しの数字より、「そのうちいくらが地域に残って、何回転するのか」。この問いを持つだけで、施策の見え方は一変します。
自分の町の「バケツ」は調べられる
ここまで、地域経済を「①外から稼ぐ」「②中で回す」「③漏らさない」という 3 つの視点で見てきました。では、自分の町ではどこから稼ぎ、どれくらい回り、どこから漏れているのか。こうしたお金の流れは、国が無料で公開している RESAS(地域経済分析システム)の「地域経済循環マップ」で調べられます。
RESASの地域経済循環マップで分かること
RESAS は地域のお金の流れを、生産(会社や店が付加価値を生む)→ 分配(住民や企業が所得として受け取る)→ 支出(消費や投資に使う)の 3 段階で見せます。RESAS の開き方と、そこに出てくる「地域経済循環率」という数字の読み方は、以下の記事にまとめました。
定義編 地域経済循環率とは?計算式と見方——低いのは悪いことなのか taplicobase.jp漏れバケツの3つの視点をRESASで確かめる
漏れバケツの 3 つの視点に戻すと、たとえば次のようなデータが手がかりになります。
① 外から稼ぐを見るなら、「移輸出入収支額」が分かりやすい指標です。どの産業が地域の外へモノやサービスを売り、域外からお金を稼いでいるのかを見ることができます。また分配を見ると、市外で働いて得た給与など、地域外から入ってくる所得も確認できます。
② 中で回すは、「町の中で何回転したか」という一つの数字で表示されるわけではありません。ただ、RESAS の「影響力・感応度分析」を見ると、ある産業に新しい需要が生まれたとき、それが地域内のほかの産業へどれくらい波及しやすいかを知ることができます。地域の産業同士がどれくらいつながっているのかを見る手がかりです。
③ 漏らさないは、「支出」が分かりやすいところです。民間消費、民間投資、その他支出について、域外へ流れているのか、逆に域外から流れ込んでいるのかを「支出流出入率」で確認できます。
先ほど紹介した桐生市の 6.9% の流出も、このうち「民間消費」を見た数字です。つまり、買い物については、桐生市の外へ出ていくお金のほうが、市外から入ってくるお金より多いことを表しています。
大切なのは、一つの数字だけで判断することではありません。
自分の町は、①どこから稼ぎ、②町の中でどうつながり、③どこから漏れているのか。
自分の町のバケツがどんな形をしているのかを、いくつかの数字を組み合わせながら見ていく。まちづくりの議論は、まずそこから始めるのが良いと考えています。
おわりに──では、桐生はどうか
この視点で私たちの桐生を見ると、何が見えるのか。かつて織物という強力な蛇口を持っていた桐生の現在地と、当社がコワーキングスペース Kit-Base をあえて新桐生駅のそばにつくった理由を、以下記事に書きました。
群馬、特に桐生に関心のある方は、ぜひご一読ください。
本編 なぜ桐生駅ではなく、新桐生駅近くにコワーキングスペースをつくったのか taplicobase.jpまた、この記事で何度か出てきた「地域経済循環率」という指標そのものについては、定義と読み方を別の記事にもまとめています。
定義編 地域経済循環率とは?計算式と見方——低いのは悪いことなのか taplicobase.jp参考
- RESAS 地域経済循環マップ(内閣府)
- 地域経済循環分析・地域経済波及効果分析(環境省 ローカル SDGs)
- 漏れバケツ理論(幸せ経済社会研究所)
- Key Studies: Why Independent Matters(ILSR — Civic Economics「Indie Impact Study Series」ほか各調査のまとめ・英語)
- 「稼いでも残らない」地域経済からの脱却──「漏れバケツ理論」で考える、人口減少時代のスモールビジネス支援(PublicLab)
- 地方創生コンサルに喰われる自治体の“大誤算”(東洋経済オンライン)